いまの「日本人」のアイデンティティ形成の過程をみていくうえで、昭和史は決定的に重要だ。アイデンティティの萌芽がうまれたのは昭和初期で、アイデンティティが確立したのは昭和後期だから。平成は、その確立された強固なアイデンティティの弊害に悩まされ、それを克服しようともがいた30年間だったのではないか。
昭和の約60年間をもって確立されたものが、平成の30年をもってしても、いまだ克服できていない。
そのアイデンティティの核は、「大国の自覚」だ。
明治以来の日本は、ひたすら、「大国」を目指して突っ走ってきた。軍事大国としての試みは大失敗に終わり、その後はアメリカに守られながら、経済大国として成功を収めた。
戦後占領期の日本にはさまざまな選択肢があったが、もしアメリカが、初期の厳しい占領対策を変えなかったら、日本は経済大国になることはなかった。よくて軽工業国、あるいは農業国として、貧困にあえぎながら、低い経済成長をずっと続けていた可能性もあった。
どれだけ日本人が「がんばっても」、だ。
つまり、日本は「がんばって」大国になったわけではない。いくらがんばろうと、また、がんばらなくても、冷戦という国際情勢下でアメリカが下した現実的な判断がなければ、日本はいまだに「惨めな敗戦国」のままだっただろう。
それが現実だ。
アイデンティティは、自分が立っている、その土台に、大きく左右される。もしいまの日本が、低成長の農業国、惨めな敗戦国のままであったら、僕らのアイデンティティは、どうだっただろうか。その「パラレルワールド」を想像してみる。自信をもてる歴史がない以上、そのアイデンティティも、か細く、頼りないものだったはずだ。いいかえると、「日本人のアイデンティティ」なんて頼りないものに依存するのではなく、「おれはおれ的なアイデンティティ」で、各自が生きていたはずだ。
「正解」のないその社会は、単一性・画一性よりも、多様性を認める社会であったはずだ。
そう考えていくと、日本が明治以来憧れ続けてきた「大国」の座を得たことで失われたものが、どれだけ大きかったかがわかる。
と同時に、日本社会がこれから向かうべき方向性も、明白になる。
ぼくらは、どんどん、「日本人としてのアイデンティティ」を喪失していく。多くの外国人を受け入れ、多様なあり方、多様な価値観を受容する社会になっていく。なっていかざるをえない。
そうして日本は、「普通の国」になっていく。